念形師 家元 須永健太郎

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須永健太郎(すながけんたろう)はさながら須弥山(しゅみせん)の王様である。だ、そうだ。つらい朝があって、美しく楽しい夜があって、新宿と品川は山の手線で繋がっている。北海道と沖縄は同じ国の中にあり、日本と中国やアメリカも同じように在る。ここにいるのが常識となって、モラルのやり取りは不安や心配を跳ねのける。須永はどこにいるのか?例えば、ここにはいない。須永は念形を生み、操る、須弥山の王様。『念形師 家元 須永健太郎』だから。

国境を超えれば、その国には行けるのか?時代が終われば、次へ行けるのか?みんな不安や心配をする必要のない、ユートピアに集まりたいのに。画家のエリックは言っていたね。「今のユートピアは明日の悪夢かもしれない。」って。

この度、ナムギャラリーで開催する展覧会では、あなたがたを須永の須弥山へと導きます。磁場の歪みか、念形師の悪戯か、東京笹塚のナムギャラリーに前触れも無く現れたトンネルがその入口だったのです。須弥山へと続くこのトンネルの出没は、念形師の念によって誕生した、“念形”と、須弥山に住み喜怒哀楽全ての感情の波動を声にし轟かす“象麟(ぞりん)”が深く関係しています。

須永は“念形師 家元 須永健太郎”と名乗り、毛糸と針金等を駆使し念形を創造します。その念形はヒト形で、毛糸独自の色鮮やかさと、針金の柔軟でありながらも形を維持し続ける底なしの強さで成り立っています。まるで、そこに感情があり、呼吸があり、生命があるように見えます。念形を前にし、一瞬触ることに躊躇い、けれど触り、それは図鑑でしか見た事のなかった動物に、触れ合えたかのように感じます。その感情は、須永が人形ではなく、念形と名付ける大きな理由の一つでしょう。間違いなく彼ら念形達は、須弥山を守る須永の分身なのです。

“象麟(ぞりん)”は、電線を保護する為のチューブや塩ビ管等を身にまとい、民族楽器のバグパイプのような姿をしています。それは、バランスボールや、コンプレッサーで空気圧を調節をし、色とりどりの風船を声帯とし、変幻自在に音を出します。遊園地の遊具の様な心躍る装いと、地を轟かすような、空に突き抜けるような音とのギャップは、痛いくらいに心に響くのです。それは、須弥山にすむ生命“象麟(ぞりん)”の声なのです。

須弥山トンネルは、そんな須弥山にまつわるふたつの力が、重なり、新たな生命の誕生時に巻き起こった現象です。かつてまで、完璧に共存し、また完璧な密度で関係性を築き上げていた“念形”と“象麟(ぞりん)”がさらにシンクロしたのです。これは、須弥山史上初の出来事です。御法度なのか、過ちなのか、近親相姦のような、一線を超えた向こう側がこの須弥山トンネルを作り上げたのです。その他の原因はまるで不明です。突如として現れたこのトンネルは、いつなくなってしまうのか、このまま有り続けるのか、私たちにはそれも皆目見当がつきません。そして、これは一つの事実、事件として永遠に語り継がれる事でしょう。この機会に、是非、須弥山トンネルを通って、須弥山へと旅をし、新たな生命を目の当たりにしてみてはいかがでしょうか?旅の保証は出来かねます。悪しからず。

『 “念形師 家元 須永健太郎”と“社会人 サラリーマン 須永健太郎” 』
須永の須弥山の世界と、所謂現実世界との距離はとんでもなくかけ離れている。だがしかし、彼は毎日、毎分、毎秒のように目まぐるしいスピードで移動し、往復を繰り返している。その距離とスピードが、彼の創作、表現の特徴といえる。誰でも、自分の世界と現実を常に行き来はしているが、そのバランスをとるには大変なエネルギーを費やす。そしていつの日か断念し、その浪費を最小限にする為の方法として、現実にすり合わして自分の世界を引き寄せ距離を縮めたりしている。行き来しのしやすさ、便利なアクセスを求めてしまうのだ。須永は絶対それをしない。ど真ん中の現実を、隅々まで舐めまわし、受け入れ、憧れ、且、さらにはるか遠くへ須弥山を作り上げている。特に、憧れから、現実のど真ん中を究極に受け入れた、彼だからこそ出来る芸当だ。それ故に、彼の作品、創作のアウトプットは誰にも受け入れてもらえるオフィシャル性が強いのだ。

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